ひとり森再生日記

2018.7.5

【第1回】東京で働く私が、森に通うようになった理由

ひとり森再生日記「週末は、森にいます」

 

FSC製品を含め、環境に配慮した物を選ぶことも有効な「森の保全活動」の一つですが、もっと直接関わって森を元気できたらどんなにステキでしょう。そんな夢を実践している庭山一郎さんは東京在住のビジネスマン。週末だけ赤城山麓の「シンフォニーの森」に通い、四季折々の自然を満喫しながら森仕事に励んでいます。知識も経験もない“素人”がなぜ、そして、どうやって森の再生に取り組んできたのでしょうか。第1回は、庭山さんが「ひとり森再生」に取り組むようになった経緯について紹介します。

 

 
 

偶然出会った「荒れ果てた森」の再生力を信じて

北関東を代表する赤城連山、その南側の山麓に私の森はあります。森を手に入れたのは、26年前の1992年。当時は全国的に松くい虫の被害が問題になっており、その中でも特に被害が酷い森でした。

 

 

荒れ果てた当時の森を切り拓き、小さな苗木を植えました。(1994年頃)

所有者は地元の人とも面識がない人で、いわゆる「放置された森」でした。戦後よく見られた「皆伐」という手法で、森を丸坊主にした後に同種類の木を植林した「材木の畑」だったため、手入れがなさないことで荒れ果ててしまっていたのです。シロアリや線虫がはびこる倒壊木が放置され、間伐や下草刈りもなされず、アカマツやスギが混みすぎて暗く鬱蒼とした中に、かろうじて沢沿いの開けたところに樹齢200年近いケヤキやナラ、ヤマザクラなどが残るという状況でした。

 

 

株立ちのオオヤマザクラにご挨拶。シンフォニーの森では最も古い樹の1本。

もともと私は学生の頃から「日本野鳥の会」など複数の自然保護団体のメンバーとして、休日は山や森に出かけていました。そして当時も、自然派作家と言われるC・W・ニコルさんや倉本聰さん、椎名誠さんたちと「反対運動をしない・政府と喧嘩をしない」という新しいコンセプトの環境保護団体「特定非営利活動法人 CCC自然・文化創造工場」の創設に事務局として参加していました。
 
そうした中で、いくつか森を再生する活動に取り組んでいた経験から、「この森も手入れをすればきっと素晴らしい森に生き返る」という確信があったのです。
 

 

生まれ変わりつつある森。濃い緑はスギ、黄緑はケヤキ、白っぽい緑はコナラとミズナラ、赤みがかった緑はブナ、そして淡いピンクがヤマザクラの花です。

 

苗木は現地調達!?地元の人にも助けられて

元の所有者に森の状況を話すと、「ぜひあなたの手で元気な森に戻してあげてください」と20年前に購入したという価格で森を譲ってくれました。そして、すぐに小さなコテージを建て、私の「週末森通い」が始まりました。

 

 

GPSではたどり着けないこともあるほど、山の奥の方にある私のコテージ。

混み過ぎた部分は間伐し、下草を刈り、空いた場所にその場に適した落葉広葉樹の苗木を植林していきました。苗木はできるだけ現地調達するべく、林道の法面に自生してきた木を苗木として採取できるよう林野庁に交渉もしました。

 

 

下草刈りも枝落としも全部自分でやっています。

ブナやミズナラ、数種類のカエデ、ナナカマドなど、それぞれの木について調べ、好みの地形や日当たり、水はけなどを考えて配置していくのです。間伐材木は、コテージでストーブの薪になって部屋を暖め、杭や土留めとなって土壌の流出を防ぐなど、無駄なく活用しています。

 

 

間伐した木材はもれなく薪に。冬の間は薪ストーブが大活躍です。

作業は大変でしたが、「森がどのように生まれ変わっていくのか」「どんな鳥や動物がやってくるだろう」と、200年、300年後の森の姿を想像すると心が踊り、何も苦になりませんでした。

 

いや正直を言えば、はじめの頃はチェーンソーの目立ての方法も知らず、四苦八苦することもありました。都会の人が何をやっているのかと興味津々で見ていた地元の方に話しかけられ、道具の扱い方や整備の仕方をレクチャーいただいたことも二度や三度ではありません。ボランティアとしてたくさんの方に間伐や植林にきてもらいました。そうしていろんな方の力を借りて、少しずつ、学びながら楽しみながら森を再生していったのです。

 

 

地元で林業をなさっている方。私の大切な師匠です。今でも多くのアドバイスを受けています。

 

20年で感じられた「森の復元力」のすばらしさ

コツコツと始めた森林再生活動も2018年で26年目を迎えます。少しずつ周辺の森を買い足し、今では約16000平方メートルになりました。幾度となく春夏秋冬を巡りながら、日本の森の復元力の力強さに改めて驚かされています。

 

植物の種類は大幅に増え、かつてはアカマツとスギばかりだったところ、自生していたクリ、ヤマザクラ、ハナミズキ、ケヤキ、コナラなどが大きく成長し始め、低木のツツジやシダ類、山椒の木などもしっかり根を張るようになりました。植林したブナ、ミズナラ、コナラ、イタヤカエデ、サトウカエデなども元気に育っています。

 

 

秋になると、さまざまな種類のカエデが森を鮮やかに彩ります。

野鳥の種類も増え、キビタキ、オオルリ、シジュウカラ、ウソ、カッコウ、ホトトギス、アカゲラなどが観察できるようになり、タカやフクロウなどの猛禽類、絶滅危惧種に指定されているオオタカも見られるようになりました。なかなか姿は見せませんが、冬になると雪に残る足跡からリス、ムササビ、野ウサギ、タヌキ、キツネ、イタチがいることがわかり、最近ではクマやシカ、イノシシも遊びに来てくれているようです。

 

 

目が醒めるような黄色が美しいキビタキ。沢に水を飲みに来ていたイノシシファミリーに遭遇。

私は今も週末ごとに森に向かい、昼は森で働き、夜はコテージで薪ストーブの炎を眺めながら、読書や執筆などをして過ごします。気のせいか、都心にいるよりも心は穏やかに、頭は冴え渡り、創作活動に集中できる気がします。

 

都会では気づかないような些細な四季の変化を心身で感じながら、荒れた森を元の姿に戻すお手伝いをする中で、むしろ自分がどれだけ癒されているかわかりません。森の生態系を復元する作業は、作業する人の心のバランスをも整える力があるようです。

 

 

東京から持ってきた本でいっぱいの書斎。窓の外に森を感じながら読書を楽しむ、至福のひと時。

この森が本来の姿を取り戻すのは、200年、300年とまだまだ先のこと。残念ながら、今を生きる私たちがその姿を見ることはできません。しかし、20年、30年程度なら、小さな企業も個人にも森が復元するきっかけを作り、その変化を見ることはできるでしょう。私たちにも、できることはきっとあります。そう信じて、今週末もまた森に出かけます。

 


 

庭山一郎さんプロフィール

 

 

1990年にシンフォニーマーケティング株式会社を設立。BtoBマーケティングに関するプロジェクトを数多く手がけ、セミナー講師や執筆などにも積極的に取り組んでいます。プライベートでは、小学生から日本野鳥の会のメンバーとして活動するなど、筋金入りのアウトドア派。赤城山麓に森を購入し、「シンフォニーの森」と名付けて森林再生活動を行い、ライフワークとしています。本連載ではその取り組みの様子や個人でできる森再生のヒントとともに、赤城山麓の四季折々の美しい自然の姿を紹介します。

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