2023.6.18
伝統と革新が融合する、400年生の樹を育む森 〜三重県尾鷲 速水林業 「大田賀山林」〜
三重県尾鷲市から紀北町にかけて広がる尾鷲林業地帯。古くから「尾鷲ヒノキ」と呼ばれる高級材を産出し、日本三大人工美林にも数えられてきました。この地で江戸時代から林業を営む速水林業は、長きにわたって環境保全や生物多様性に配慮した森づくりに取り組み、2000年に日本で初めて「FSC森林認証制度」を取得しています。9代目となる速水亨さんに、未来に続く豊かな森づくりや林業のあり方について伺いながら、速水林業の大田賀山林を案内いただきました。
高品質なヒノキを持続的に生産する「美しい人工林」
速水林業の創業は、江戸時代後期の寛政2年(1790年)。以来長きにわたって紀北・尾鷲地域で林業を経営し、現在は1070ヘクタールもの森を所有しています。もともとこの一帯は、紀州徳川家が植林を推奨したことで人工林が発展した地域。さらに海運によって伐り出された大量の木材が江戸の町づくりに使われたこともあり、美しく強靭な「尾鷲ヒノキ」の産地として全国的に知られるようになりました。
太い木がヒノキ。檜皮色と呼ばれる赤い檜皮が印象的
病気や放置林で問題になりがちなサンブスギも、丁寧に育てられるとこんなに美しくまっすぐに!
目の詰まった年輪が美しい「尾鷲ひのき」。2016年には林業地では初めて「日本農業遺産」にも認定されました。
「そう聞くと、以前から肥沃な土地だったと思われるでしょう。実は逆で、雨が多くて急峻な地形のために土地が痩せていて、木の生育には非常に厳しい場所なんです。でも、だからこそ人の手を入れてじっくりと育てることで、年輪が緻密で耐久性の高い、高品質な木材を生産できるわけです」
確かに速水さんに着いて歩く大田賀山林の道は急勾配が続き、森というよりまさに”山林”。しかし、ふかふかとした土はしっとりと水気を含み、様々な低木や草が生え、枝打ちされた木はまっすぐにそびえ立ち、キラキラと木漏れ日が差し込んできます。「大切に手入れされてきた人工林」であることが伺えるものの、一般的に「よくみる人工林」とはどこか様子が違います。
下草のシダがグリーンのレースのように地表を覆っています。その波打つような中から、まっすぐに木々が立ち上がり、神々しいまでの美しさ。
針葉樹に加えて広葉樹の低木も多く、まるで美しい自然の森のよう。動物たちも多く訪れ、イノシシのヌタ場なども見られます。
「日本は4割が人工林で、その多くが第二次世界大戦後の復興期から高度成長期に植えられたスギ・ヒノキによるものです。さらに近年は間伐すらしない、皆伐しても植林しないなど、手がかけられないというところも増えています。一方、速水林業の森は200年以上にわたって木を植えており、様々な樹齢の木が混在し、100〜250年生の大木も多く残ります。シダなどの下草や広葉樹も意図的に残しており、人工林でありながら243種の植物種が数えられます。木材生産の場でありながらも多様性に富み、美しくバランスが取れた自然の森に近いんです」
そのバランスを見ながら、資源の”蓄積量”を変えずに、毎年”成長した分”だけをいただく。持続的に高品質な木材を産出し続けることができるのは、美しく豊かな森ゆえと言えるでしょう。
社会の変化とともに、森の新たな付加価値を模索
森づくりにおいて速水さんが常に心に留めてきたのが、1922年にドイツの林学者アルフレート・メーラーの著書『恒続林思想』にある「最も美しい森林は、また最も収穫多き森林である」という言葉だといいます。
そこには森林を「多数の生命の集合体」として捉え、それを維持しながら資源として一部を利用するという考え方が示されています。つまり、事業としては資源をどう切り出すか、どんな付加価値を与えるか、管理や工夫のしどころというわけです。
枝打ちされ、適切な間隔に間伐された森。陽の光が差し込んで様々な草木が生え、様々な動物たちが姿を見せます。
「森は木だけでなく、草や動物、微生物などの”生きものの塊”です。その大きな生命体と対話しながら、多様性を壊すことなく、必要なものを取り出して活用するというのが、古来から続く人と森との付き合い方であり、速水林業でも大切にしてきたことです。激変する社会の中で木材の需要も大きく変化し、価格的には厳しい状況にありますが、市場で必要とされているものを取り出し、適切なタイミングで提供することができれば、これからも林業は高い価値を生み出す持続可能な事業となるはず。さらに商品化のための技術や効率性を高められれば、その価値を最大化できると考えています」(速水さん)
そうした考え方に基づき、速水林業では様々な新規事業にチャレンジしています。たとえば5年ほど前から取り組んでいる、皮を剥いたヒノキの間伐材をカキの養殖筏用に販売するという事業もその一つ。「最長約12メートルもの材を伐って効率的に運び出せる技術があるのは、1990年頃から取り組んできた機械化に加え、高い技術力があるうちくらいでしょう」と速水さんは胸を張ります。
カキの養殖筏用に用意されたヒノキの間伐材。
間伐材の運搬用にとむやみに簡易作業路を設ければ、土壌を流出させ、森地を傷つけてしまいます。そこで伐り倒した木をワイヤーロープで巻き取って運ぶ『架線集材』を行い、森全体に配慮して計画的に開発した広い林道を通じて搬出しています。「架線集材」は急勾配の山地でも効率的に間伐材を集めることができますが、機械を使った独特のシステムと高い技術力が求められ、一朝一夕で実現できるものではありません。
架線集材車両「タワーヤーダー」(左)と積み込み車両「スキディングローダー」(右)。速水さんがたまたま雑誌のイラストで見かけ、海外に出かけて直接買い付けてきました。とことん研究し、カスタマイズやメンテナンスまで自前で行っています。
「太くて木目の美しい柱用の木ばかりが高く売れたのは、もう昔のこと。しかし、尾鷲ヒノキだけでなく、美しい森には多種多様な資源があり、意外なところに商機があります。大切なのは、少し先を意識しながら市場の動向を見ながら、消費者の立場に立って考えること。都市部に近かったり、植生が独特だったりで、何をすべきかは森ごとに違っているのが必然です。右にならえではなく、自分たちの森をどう活かしていくか、独創的な発想がこれからの林業経営には求められるでしょう。山を持っているだけでは事業として成り立たない時代になっているのです」
さらに、速水林業の森では他にも様々な革新的な取り組みが進められており、苗木も自前で育成されています。挿し木で苗木を生産する方法を開発したことで、欲しい材の色合いや品質を確保し、優れた遺伝子を持つ苗木として販売も行っています。また、伐採などで出た枝葉も効率よく集積し、高品質なアロマオイルの製造などに活用しています。
苗木の畑。挿して半年〜1年で植林されます。
速水林業のアロマオイルは「ふるさと納税」の返礼品としても人気。
そして、形ある生産品だけでなく、癒やしや学習の「場」を提供することも森の経済的・社会的な価値として捉え、様々な取り組みを行っています。
「大田賀山林を中心として広く公開し、年間2,000人の方々に森林に興味を持ち、理解を深めていただく機会を提供しています。また熊野古道にも面しており、美しい森は観光資源としても価値のあるものといえるでしょう。そうした形のない森の価値についても、時代に合わせた形で提供・発信し、理解していただくことが大切だと感じています」
作業会社「海山林友事務所」に隣接する速水林業大田賀山林の研修室では、森に関する講座「林業塾」も毎年開催。なんと今年で20回目を数えます。
数百年後の”理想の森”をバックキャストする
環境保全や生物多様性を意識した森づくりに加え、社会的ニーズに合わせた製品開発や生産工程における効率化など、革新的な技術や考え方を取り入れながら「持続可能な林業」に取り組む中で、速水さんが着目したのが、世界的な森林国際認証であるFSC認証でした。
2000年2月に日本初のFSC認証を取得し、さらに2019年からは単独認証から、尾鷲市や紀北町が参加する尾鷲林政推進協議会のおわせ森林管理協議部会のグループ認証へと移行することになりました。
「2000年当時は、世界が第三者認証に注目する中で、日本は遅れているという焦りを感じていました。でも、まもなく認証取得から20年が経ち、徐々に世間的にもFSCの知名度が上がってきています。今後さらに尾鷲のFSC材のプレゼンスを高めるには、生産される材そのものを増やすことが必要と考えています。個人所有の山から、地域や社会が守り育てる循環型のエコシステムとしていくこと。それがグループ認証に参画する目的であり目標です」
現在、おわせ森林管理協議部会が管理するFSCの森は9000ヘクタールにもなり、今後は協力して同地域の中でグループ認証としての木材のサプライチェーンをつくり、新しい製品づくりや販売先開拓などにも取り組んでいきます。そして何より重視しているのが、「森林に携わる人々」を増やしていくことです。
「私も70歳を越え、次の世代に何を引き継ぐか、どう引き継いでいくかを考えるようになりました。森というアセットを活用し、その価値全体を高めつつ持続可能な事業として成り立たせていくこと。それができるアセットマネージャーを育成できればと考えています。そもそも林業は実に気が長い産業です。自分が木を植えても、それを伐って売るのは次世代以降。速水林業が今木材を出荷できているのは、何代も前の人々が今の森の姿を思い描き、樹を植えてくれたからに他なりません。私もまた、100年先、300年先の『理想の森林』をバックキャストして、人づくりも含めて、今できることに真摯に取り組んでいきたいと考えています」
精力的に”今”を生きる速水さん。その動力となっているのは、過去から受け継がれてきたものへのリスペクトと、未来に向けた持続可能な林業を可能とする「理想の森づくり」というビジョンに他なりません。そして、それを「選択」という形で支えているのが、私たち消費者であることも忘れないでいたいですね。
速水林業
三重県北牟婁郡紀北町引本浦345
https://hayamiforest.com/
<速水亨さんのプロフィール>
1953年三重県紀北町生まれ。江戸時代から続く速水林業の9代目として代表を務める。伝統的技術を受け継ぎつつ環境管理に基づいた森林経営を実践し、2000年に世界的森林認証制度であるFSCを日本で初めて取得。1980年代後半から高性能機械による作業システムの効率化にも取り組み、日本における持続的な林業のあり方について積極的な提言を行っている。各官公庁の委員や日本林業経営者協会会長などを歴任し、現在はFSC Japanの副代表など多方面で活躍。著書に「日本林業を立て直す:速水林業の挑戦」など。
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