2023.5.31

環境に対する小さな善い行いをめぐらせ、未来を変えていく

東長寺 寺報『萬亀』

約400年前に開創し、東京都新宿区に本院を構える東長寺。社会変化を踏まえて、個人墓のしくみの提案や自然に配慮した供養のあり方の追求など、伝統にとらわられない挑戦に取り組んでいます。同寺が発行する寺報『萬亀』には、2022年のリニューアル時、FSC認証紙が採用されました。そこにはどのような思いが込められているのでしょうか。背景にある仏教の考え方とともに、三十五世住職 瀧澤遥風さんにお話を伺いました。

お話しを伺った方

曹洞宗 萬亀山 東長寺 住職
瀧澤遥風さん
2014年に東長寺三十五世住職に就任。檀信徒会館「文由閣」の建立や、永代供養付き生前樹林葬墓の普及などに携わる。東京生まれ・東京育ち。身近にはなかった森に対しては畏敬の念が強く「森に入ると、身が引き締まるような厳粛な気持ちになる」という。

伝統に縛られず、現代社会を見据えた取り組みを推進

東京都新宿区という都心の一角に本院を構える曹洞宗 萬亀山「東長寺」。400年を越える歴史を受け継ぎつつ、革新的な取り組みにも積極的に取り組んでいます。 例えば、1996年、核家族化や出生率低下という社会変化を踏まえた血縁のみに頼らない供養のあり方として、家制度に依存しない個人永代供養墓を提案。パイオニアとして新しい供養のかたち「縁の会」を発足しました。

御本尊に釈迦牟尼仏、脇侍に文殊菩薩、普賢菩薩を配した本堂にて。

また、2015年、東日本大震災やエネルギー問題を念頭に、納骨堂・位牌堂を併設する檀信徒会館「文由閣」を建立しました。安置している位牌を守るための免震構造と、建物の断熱性能や遮熱性能を高めてエネルギー消費を抑えるパッシブ建築の手法を採用し、社会課題の解決を目指す姿勢を表現しています。

「日本人の中に根づく美意識や姿勢を大切にしながら、伝統に縛られるのではなく、社会の潮流をとらえて時代に呼応するような活動を心掛けています」(瀧澤住職、以下同)

この世を構成する要素である水、地(石)、火、風から成る、本堂前庭「水の苑」(写真:東長寺提供)
免震構造とパッシブ建築を施した檀信徒会館「文由閣」(写真:東長寺提供)

寺報リニューアルを機にFSC認証紙を採用

そんな東長寺は、30年前から檀信徒向けに『萬亀(ばんき)』という寺報を年4回発行し、お寺の行事の案内や活動の紹介などを行ってきました。これを2022年12月発行の140号より大幅にニューアル。判型をA4判に大きくするなど読みやすさに配慮するとともに、新しいコラムや情報を盛り込み内容の充実を図りました。

「コロナ禍の3年間はお寺へのお参りもしにくい状況でしたが、ようやく風向きが変わってきました。再び皆さんに気軽にお参りいただけるよう、東長寺では新しい試みを含めて様々な準備を進めているところです。そのような取り組みを『萬亀』を通してお伝えし、『寺のある暮らし』をご提案していきたいと考えています」

リニューアルした『萬亀』。毎号7000部を発行。

また、リニューアル版の用紙には、FSC認証紙が採用されました。制作会社との打ち合わせのなかで、責任ある森林管理をしている林業者の応援と世界の森林保全につながる紙としてFSC認証紙を紹介され、瀧澤住職は「ぜひ使用したい」と即決したといいます。

「ごく自然な流れで、環境に配慮した用紙があるなら使おうと思いました。檀信徒の皆さんには従来より、限りある資源を大切にする循環型社会に対する東長寺の姿勢をお伝えしてきましたので、FSC認証紙の採用についても『東長寺なら当然の取り組み』として受け止めていただいているように思います」

『萬亀』の発送用封筒もFSC認証紙。

環境配慮の背景にうかがえる「回向」という考え方

FSC認証紙の採用の背景には、善い行いを回りめぐらすことを意味する「回向(えこう)」という仏教の考え方もうかがえます。「回向」について、瀧澤住職はこのように説明します。

「仏教では、法要への参列や焼香などを通じて仏教の教えに触れることで功徳を授かる、という考え方をします。我々僧侶がお経を読むことで、その功徳を涅槃の向こう側にいらっしゃる故人に回し向けることを『回向』といいます。私が1人で読経しても1人分の功徳にしかなりませんが、同じ気持ちを共有される参列者の方が100人いらっしゃれば100人分の功徳を回すことができます。1つずつはささやかな行動でも、積み重なることで、何かをめぐらす大きなエネルギーになるのです」

この「回向」に通じるものとして、瀧澤住職は森林環境に関するエピソードを教えてくれました。

「数年前、好漁場として知られる有明海で漁獲量が激減していることを知り、地元の方にお話を伺ったことがあります。有明海に流れ込む川の上流にある森林は、かつては自然に育った広葉樹林帯でした。しかし、戦後復興の木材需要に対応するために成長の早い針葉樹林帯を植えたことで森林環境が変化し、さらに林業の衰退で森林管理が行き届かなくなり、山から流れていく水の性質も変わってしまったそうです。それが有明海の環境にも影響し、魚が育ちにくくなっているのではないかというお話でした。豊かな海を取り戻すためには、遠く離れた森林の環境改善がカギとなるとは、非常に興味深く感じました」

こうした海と森のつながりに、瀧澤住職は『回向』と通じるものを感じたといいます。

「我々が森林の再生に取り組むことで、海が豊かになり、そこで獲れた魚を食べた子どもが健康に育って、のちに大リーグで4番ピッチャーとして大活躍するかもしれません。そんなふうに、1人ひとりの小さな行動がめぐっていき、明るい未来につながるのではないでしょうか」

このような考え方が、FSC認証紙の採用の判断にもつながっているようです。

地方のお寺と連携した森林保全の取り組みも

森林環境を含めた社会課題に対し、積極的に取り組んでいく姿勢の東長寺。近年は宮城県気仙沼市にある清涼院とパートナーシップを組んで、都心と地方の2か所に故人を祀る「両墓制」と併せて、自然の中に埋葬する「樹木葬」の提案にも力を入れています。樹木葬にはさまざまな方法ありますが、両寺が取り組んでいるのは清涼院境内にある森林を活用したもので、その土地の豊かな環境を保全するねらいがあります。

「森は適切に木を伐らないと荒れてしまいます。森を墓苑として整備していくことを通じて、森に日光を入れ、その土地が本来もっている植物の生育を促し、元気な森にしていきたいと考えています」

清涼院境内の杉林を活用した樹木葬の墓苑(写真:東長寺提供)

また、FSC認証紙を含む「紙」の可能性にも注目しています。

「例えば、供養のためにお墓に設置する塔婆。多くは150cmほどの木の板でできていますが、必ずしもあの大きさや素材である必要はないと思っています。大事なのは“供養する”という気持ちで、形や姿ではありません。リサイクル可能な紙でミニ塔婆を製作するなど、廃棄を減らして環境負荷を下げられないかと検討しているところです」

常にものごとの本質を大切にし、現代社会を踏まえた新しい提案に挑戦する東長寺。環境保全に対しても、お寺という立場からできることをしていく姿勢です。私たち1人ひとりも、できることから取り組み、未来を変えることにつなげていきたいですね。


曹洞宗 萬亀山 東長寺
https://www.tochoji.jp/about_tochoji

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